博多の夏といえば「博多祇園山笠」が有名ですが、実は福津市・津屋崎にも、勇壮な「津屋崎祇園山笠」が連綿と受け継がれています。
その起源はおよそ300年前。博多の櫛田神社から津屋崎千軒の波折神社へ神様をお迎えし、疫病や災害の退散を願って山笠を奉納したのがはじまりと伝えられています。博多祇園山笠と深いつながりを持ち、今も地域の誇りとして守られている伝統行事です。
7月、津屋崎の町を駆ける山笠の姿は迫力満点。熱気あふれる祭りの雰囲気に包まれながら、地域の人々の絆と誇りを感じられる、福津の夏の風物詩です。
津屋崎祇園山笠について
博多の山笠は七流れですが、津屋崎の山笠には「北流」、「新町流」、「岡流」の三つの流れがあり、モマ笛やごん太などでも知られる「筑前津屋崎人形巧房」の人形師が丹精込めた、豪華絢爛たる武者人形の合戦絵巻で彩られた山笠が津屋崎のまちを駆け抜けます。
当時から漁業を中心とした「北流」、商業を中心とした「新町流」、農業を中心とした「岡流」の三つの流れで組織されており、追山は、古い街並み(津屋崎千軒通り)の狭い路地を清い水、勢い水、力水を浴び駆け巡り、たびたび山笠同士がぶつかり合うこともあり「喧嘩山笠」ともいわれます。
もともとは七月十九日に奉納されていましたが、現在は十九日に近い日曜日に奉納されます。追山の前夜祭として安全祈願を行う裸参りは、上半身裸で締め込み姿の「かき手」たちが、提灯を掲げ市内を勢いよく駆け抜け、三社(波折神社、金刀比羅神社、宮地嶽神社)参りを行っています。
厳粛な裸参り、そして勇壮豪快な追山。津屋崎祇園山笠は、郷土の伝統文化の誇りとして、郷土を愛する青少年の健やかな成長と人間関係の強い絆を大事にしながら地域の活性化と振興開発を願う祭りです。
▼昨年の様子▼